「お前のオールを任せるな!」を痛感した過去

お前のオールを任せるな!

「その船を漕いでゆけ
おまえの手で漕いでゆけ

おまえが消えて喜ぶ者に
おまえのオールをまかせるな」

〔中島みゆき『宙船(そらふね)』より〕

 

その日、僕は携帯電話を握りしめていました。

けれど、その電話が鳴ることはなかったのです。

*  *  *

昨日、農業での苦い記憶のエピソード、
第一部を投稿させていただきました。

「続きを!」というお声をいただいて、
ありがたい限りです(T-T)

☆前回のエピソードはコチラ↓

新聞に掲載された日
「辻林さんの こだわりのお米を取材させて下さい!」 四年ほど前、 とある新聞社さんの取材を受けました。 一般紙ではなかったですが...

 

無農薬・無肥料のお米栽培を始めて3年。

その活動が新聞記者さんの目に留まり、
全国紙に載せていただくことになりました。
(一般紙でなく、業界の専門紙でしたが……)

「自分の活動が認められた!!」

「全国の人たちに知ってもらえる!」

「もしやご注文が殺到するのでは?」

と期待に胸を膨らませ
その当時を迎えたのですが、、、

結 果 、 、 、 、

1件のお問い合わせもありませんでした。

「なんでだろう?」

日が暮れかかった頃、
手にしていた携帯電話を見ながら、
僕は思いました。

その携帯電話は、

「新聞に載るなら、プライベートとは
別の番号を持った方がいいだろう」

とわざわざ契約したもの。

ですが、その電話が
着信を告げることは無かったんです。

「読まれてないとか、
そんなはずはないよね?」

そんな風に、誰もいない虚空に
ポロリと問いかけたりしました。

でも、その記事は、
紙面の4分の1ほどを
使っていただいていました。

全く誰の目に留まらない
なんてことは無いはずなのです。

「いやいや。みんな忙しくて
まだちゃんと
記事を読んでないんだよ」

「もしかしたら、
今日は読むだけで
仕入れの検討をするのは後日とか?」

と、自分で勝手な理由をこじつけて
自分自身を納得させようとしました。

そして、翌日になりました。

でも、電話は鳴りませんでした。

またさらに翌日になりました。

やっぱり電話は鳴りませんでした。

「もしかしたら、
ネット版の新聞を見た人から
メールが来るかもしれない!」

と、パソコンを頻繁にチェックしましたが、
1通のメールも届きませんでした。

その翌日も、その翌々日も、
一週間経っても、二週間たっても、
ひと月経っても、
何のお問い合わせもありませんでした。

ふた月ほど経ったころ、
あの携帯電話が着信を告げました。

「やった! ついに来た!」

と思って電話に出てみたものの、

「うちの雑誌の取材を受けませんか?
取材料は○○万円です!!」

という、以前と変わらない
“セールス”まがいの取材依頼でした。

つまり…………

全国紙の新聞に取り上げられ、
そこから得られた結果は

『 0 ( ゼ ロ ) 』

だったんです。

「そんな……。
あんなにがんばって
書いてもらったのに」

「今までこんなに
農業がんばって来たのに……」

「結局、世間には
認めらてもらないのか……?」

新聞の掲載から2ヶ月ほど経って、
僕が抱いていた期待は
ガラガラと崩れさったのでした。

いえ。実は、こうなることは
わかっていたのかもしれません。

この以前にも、全国の一般紙に
チラリとお米のことを載せて
いただいたことがあったのですが、
全く反応がありませんでしたから。

「メディアに取り上げてもらって
有名になれるかも」

「自分の努力が報われるかも」

というような期待は
抱くべきではなかったんです。

そう。

新聞に載ったからって

・有名になんてならない

・自分の活動のことが
広まるなんてこともない

・自分の想いが伝わる
なんてことはもっとない

そのことを痛感したんです。

ですが、これは
新聞がいけなかったとか
記者さんが力不足だったとか
そういうことでは全然ありません。

こうなってしまった最大の原因……。

それは、今から振り返ると
すごくすごく良くわかります。

その原因とは、

『自分の想いを伝えることを
 誰かの手にゆだねてしまったから』

です。

本来、自分の活動のことは
自分にしかわかりません。

そこにかけた情熱のことも
自分にしかわかりません。

どんな想いを抱いていたのかも
自分自身しか知る人がいません。

だから、

『自分の活動や想いを伝えることは、
 本来、自分自身にしか出来ない』

んです。

そして……

自分の活動が本当に
世間に役立つものであるなら、

自分の想いが本当に
誰かのためを想うものであるなら、

それは、

“ 自 分 自 身 の 言 葉 で ”

伝えていかなければならない。

“ 自 分 自 身 の 手 で ”

未来を切り開いていかなければならない。

「全国の人が読む新聞だから」

とか

「信頼ができるメディアだから」

といった安易な理由だけで、

自分の大切なもの(想いや情熱)を

他人にゆだねてはいけないんです。

だから、

『自分の想いや活動のことは
自分自身の言葉で表現していく』

『その言葉を受け取ってくれる
人とのつながりは、
自分自身の手でつくっていく』

そう決意することになったのです。

いえ。正確に言うと、
当時は明確に言葉として
決意していたわけではありません。

ですが、新聞に掲載されても
何の成果も得られなかった経験から
無意識にこのことを学び取り、
その後の進路を取っていくことになります。

自分の想いや活動のことを伝える
というのは、いわば
自分が目指す未来へ向かう船の
大切なオールようなもの。

中島みゆきさんの歌にあるように、

『そのオールは
他人に任せてはならない』

『自分自身で
漕いでいかねばならない』

そう痛感して、
僕は“あること”に
力を入れるようになったのです。

その“あること”とは???

もうバレバレだとは思いますが(^^)

それでも、続きはまた次回に♪

 

*続きの記事はコチラ↓

中島みゆきさんから学ぶしあわせ
「縦の糸はあなた 横の糸は私 逢うべき糸に 出逢えることを 人は 仕合わせと呼びます」 〔中島みゆき『糸』より〕 《妻》 「わーい...

 

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